植物の再生力と、人間に与えられた「自由」

こんにちは。

桜の開花のニュースがあっても、まだ寒さが続きますね。体調の管理には、十分お気をつけ下さいませ。

植物の再生力のすごさ

自分は、自然を観察するのが趣味です。特に虫や鳥たちが残すサインや、植物の幹や枝分かれの様子から、自然界の営みを感じるのが好きです。

よく、山の管理や畑の作業で、草刈りをしていますが、近接しているところでも、それぞれの場所で全く種類が違う草が生えています。畑の中ででも、耕している畝間と、土手とでは柔らかさの質の違いがあります。林内では、陽当たりが良いと笹が多く、少し陰のところは、シダ類が生い茂っています。

春になると、色々草花が咲き、見ていて癒されます。草刈りをしようとすると、ちょっとためらいますね。きれいな花を咲かせることで、子孫を残そうという戦略なのかもしれません。

植物がすごいのは、切られたところから再生可能なことです。動物は皮膚のように再生する箇所もありますが、胴や手足は再生出来ません。しかし、樹木は、幹を根元でバッサリ切られても、しばらくしたら、芽が出てきます。そして、枝となり幹となって、また樹勢を取り戻します。よく考えたら驚くべき再生力を持っています。やはり、地球上の表面を乾燥させないように、また酸素を作り出すために、繁茂していく使命を与えられているのかもしれません。

植物にはない、人間の【自由】

人間も、一人ひとり産まれ持った使命があり、それを遂行するための寿命があると思います。しかし、その期間内で、どれだけ多くの方が己の使命を自覚できるでしょうか。人間は、植物と比較すると自由がたくさんあります。歩いて移動もできますし、手でモノを作ることもできます。地球の環境を破壊するものまで作れてしまいます。

人間は、どこまで自由があるのでしょうか。何千年前の人たちの暮らしと比べれば、格段に文明が進歩して、豊かな生活を送れるようになっています。(一部の地域ですが)長い歴史の中で大きな戦争がたびたびあり、その都度破壊される以前よりも高度な社会を作り続けています。

一方、人間自体の寿命は延びているわけではなく、100歳超えたら長寿というところです。なぜ、樹木よりも寿命が短いのかは分りませんが、ずーっと同じ人間が長生きするよりも、おそらく輪廻転生を繰り返したほうが、人間の頭脳は発達するのかもしれません。もう人類がこの世に増えだしてから何千年以上も経っているので、今生きている人は、かならず何回か生まれ変わっているはずだと思います。その都度その人生の中で色んな経験や知識を蓄積して、それらがインプットされた遺伝子(または魂)が次世代でさらに高度に発達させていく・・・という進歩のプロセスを繰り返しているものと推測されます。

そういう意味では、人間は無限の自由を与えられた生物だと思います。しかし、正しい方向、善の方向に行かないと、破壊するものまで作ってしまう能力があるので、一人ひとりが立派な人間にならないといけないんだなと感じます。

物語のように書いてしまいましたが、一笑に付していただければ幸いです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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参考書籍

“森づくりテキストブック―市民による里山林・人工林管理マニュアル”

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